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東京地方裁判所 平成4年(ワ)5203号 判決 1995年9月20日

原告

三宅千江子

右訴訟代理人弁護士

上條義昭

被告

菅野千鶴子

右訴訟代理人弁護士

下平坦

被告

杉村昇

右訴訟代理人弁護士

長谷川久二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告らは、各自、原告に対し、金四六八〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 昭和五八年三月一〇日午前一一時三五分ころ

(二) 事故現場 埼玉県和光市白子町二丁目一四番一五号先交差点(以下「本件交差点という」。)

(三) 菅野車 普通特殊自動車(救急車、大宮八八な二五一四)

所有者 被告菅野千鶴子(以下「被告菅野」という。)

運転者 訴外矢澤幸夫(以下「訴外矢澤」という。)

(四) 杉村車 普通貨物自動車(練馬一一す二一〇八)

所有者 被告杉村昇(以下「杉村」という。)

運転者 被告杉村

(五) 事故態様 原告が、菅野車に同乗して被告菅野が経営する菅野総合病院に向かう途中、本件交差点において、菅野車と杉村車が出合い頭に衝突した。

2  責任原因

本件事故は、被告杉村及び被告菅野の被雇用者である訴外矢澤の前方不注視等の過失によって発生したもので、両名の共同不法行為が成立するので、被告杉村は民法七〇九条により、訴外矢澤は、被告菅野の従業員であり、その業務に従事中、右過失によって本件事故を惹起したものであるから、被告菅野は、民法七一五条により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任を負う。

3  訴訟上の和解

(一) 原告は、本件交通事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、昭和五八年三月一〇日から同年四月七日までの約一か月間入院し、以後通院して治療を受け、現在も通院中であると主張して、昭和五九年七月二日、被告らに対し、本件訴訟と同じ責任原因である民法七〇九条、七一五条に基づき、一部請求として、昭和六三年三月九日までに生じた損害のうち、休業損害、治療関係費等の合計八〇三万八五九五円及び昭和五八年三月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。

(二) 昭和六一年二月七日、六〇〇万三六九五円の限度で原告の請求を認容する一審判決が言い渡され、被告らが控訴し、昭和六一年八月一日、控訴審で左記のとおりの和解が成立した。

(1) 被告らは原告に対し、既払い金を除き、五〇〇万円の支払い義務があることを認め、これを連帯して、昭和六一年八月二〇日限り、原告に対して支払う。

(2) 原告は、本件交通事故による後遺症が出現したときは、本和解条項にかかわらず、被告らに対し、別途請求することができる。

(3) 原告と被告との間で、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務の存在しないことを相互に確認する。

二  本訴請求の内容

右和解の後の、平成四年四月一日、後遺障害が生じたとして、原告は、被告らに対し、左記のとおり、合計四六八〇万円及び昭和六一年八月二日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めて本訴を提訴した。

1  休業損害 一〇四二万円

原告は、昭和一三年一月一七日生まれの主婦で、本件事故によって負った傷害のため、平均して三分の一程度しか家事に従事できない。したがって、平成二年賃金センサス第一巻第一表企業規模計、産業計学歴計女子労働者の全齢平均給与額である年額二八〇万円を基礎に昭和六一年八月二日から平成四年三月末日までの休業損害を算出すると、右金額となる。

2  治療関係費 一八六万円

昭和六一年八月二日以降、平成三年一〇月末日までの治療費関係費は右の金額である。

3  通院慰謝料 四一八万円

一年あたり七五万円が相当であるから、昭和六一年八月二日から平成四年三月末日まで五年七か月間分として右金額が相当である。

4  逸失利益 一八三三万円

平成四年四月一日以降の逸失利益は、右の年額二八〇万円に新ホフマン係数9.821を乗じた額である。

5  後遺障害慰謝料 一〇五一万円

後遺障害の程度は、後遺障害等級七級四号に準じるので、右金額が相当である。

6  弁護士費用 一五〇万円

第三  争点

一  後遺障害を除く損害について  1 被告らの主張

原告は、前記訴訟上の和解で後遺障害を除く損害については、和解条項に定める五〇〇万円を除いて一切の債権債務の不存在を確認しているので、休業損害、治療関係費、通院慰謝料の請求は認められない。

2 原告の主張

前記訴訟上の和解の清算条項は、昭和五八年三月一〇日から和解成立前の昭和六〇年三月九日までに発生した損害についてのみ清算したものであり、その後に発生した損害について、原告は損害賠償請求権を放棄していない。

二  後遺障害に関する損害について

1  被告らの主張

(一) 本件では後遺障害は生じていないので、逸失利益及び後遺障害慰謝料の請求は認められない。

(二) 仮に後遺障害が生じているとしても、昭和五九年三月一七日に症状が固定しているので、同日か、若しくは、症状固定の診断書が作成された日である昭和六〇年六月二八日から時効が進行し、昭和六二年三月一七日、若しくは、昭和六三年六月二八日に時効期間が満了しているので、原告の損害賠償請求権は、時効によって消滅した。

2  原告の主張

昭和六一年八月一日に訴訟上の和解が成立しているから、民法一七四条の二第一項によって時効期間が一〇年間と伸長されており、平成四年三月三〇日に本訴を提起しているので、損害賠償請求権は時効で消滅していない。

第四  争点に対する判断

一  後遺障害を除く損害について

前記訴訟上の和解は、その和解条項で、後遺障害が発生したときには、別途損害を請求できるとし、その上で、期間等何らの留保を付さないで、和解条項に定めるものの外、何らの債権債務が存しないことを確認するとの清算条項が定められているのであるから、右清算条項は、後遺障害が発生した場合の後遺障害に関する損害を除き、被告らは、原告に対し、和解条項に定められた五〇〇万円の支払い義務以外、一切の債務を負わないとする趣旨であることは明らかであり、原告の主張は採用できない。

したがって、後遺障害を除く損害の請求である休業損害、治療関係費、通院慰謝料の請求は認めることができない。

二  後遺障害に関する損害について

1  後遺障害発生の有無について

(一) 前記争いのない事実の外、甲三の一ないし四、四の一ないし三、五ないし一四、一五の一ないし四、一六、一七、一八の一及び二、弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

原告は、昭和五八年一一月一九日から聖路加国際病院で治療を続けていたが、めまいや手足のしびれなどの症状が続いていたところ、原告の治療を担当していた石川医師は、昭和五九年三月一七日に原告を診療した際、頸部痛、頸部筋硬直、めまい、吐気、不安症状、左上肢筋力低下及び知覚低下、さらに自律神経症状が受傷より一年を経過しても軽快と憎悪を繰り返すのみで、以後も同様な経過を取るものと推測されたため、症状固定と判断した。そして、石川医師は、同日の診療の際、原告本人に症状固定状態である旨よく説明し、原告本人が納得したようだったので、弁護士か保険会社に連絡した上、後遺障害診断書の用紙をもらってくるように話した。聖路加国際病院カルテの昭和五九年三月一七日の欄には、原告が同日診療を受けている記載があり、かつ、同日診断の欄には、「症状固定とする」との記載がされている。そして、昭和六〇年六月二八日付けで、昭和五九年三月一七日に症状固定との内容の後遺障害診断書が発行された。

(二) これらの事実によれば、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級に該当するか否かは別として、昭和五九年三月一七日に症状が固定し、頸部痛、頸部筋硬直、めまい、吐気、不安症状、左上肢筋力低下及び知覚低下、さらに自律神経症状を主訴とする頸椎捻挫後遺障害が、原告に生じているものと認めることができる。

2  消滅時効の主張について

(一)  消滅時効は、損害の発生を知ったときから進行するが、損害の発生を知ったときとは、治癒する見通しがたつか、またはその症状が固定し、後遺障害発生の有無が確定したことを被害者が知ったときと解される。

前記認定のとおり、原告の傷害は、昭和五九年三月一七日に症状が固定し、頸椎捻挫後遺障害が生じたものと認められるところ(症状固定日が昭和五九年三月一七日であることは、原告も認めている。)、前掲各証拠によれば、石川医師は、昭和五九年三月一七日に診療した際、原告の症状から症状固定と判断し、同日の診療の際、原告本人に症状固定状態である旨よく説明し、原告本人が納得したようだったので、弁護士か保険会社に連絡した上、後遺障害診断書の用紙をもらってくるように話し、前記後遺障害診断書が発行されたことが認められる。さらに、前記聖路加国際病院の原告のカルテには、前記後遺障害診断書が発行された日である昭和六〇年六月二八日の欄に、原告が聖路加国際病院で診療を受けていることが記載されているので、原告本人が後遺障害診断書の用紙を持参し、前記後遺障害診断書を受け取っていると推認できる外、昭和六二年二月二八日付の診断書に、「頸椎捻挫後遺障害、昭和五九年三月一七日症状固定」と記載されているなど、原告から請求され、取調べ済みの各診断書には、全て、昭和五九年三月一七日に症状が固定した旨記載されていること、同じく原告から請求され、取調べ済みの前記昭和六一年四月一四日付及び昭和六二年三月三日付の各診療報酬明細請求書の傷病名欄には、「後遺症」の記載も認められる。

これらの事実を総合すると、原告は、症状が固定した昭和五九年三月一七日以降も治療は続けていたものの、担当医師は、既に、原告の症状が固定しているとして、いわゆるアフターケアーとしての治療を続けており、原告もそのことを認識した上で治療を受けていたと認められる。したがって、原告は、症状が固定したとの説明を石川医師から受けた昭和五九年三月一七日か、遅くとも、後遺障害診断書の発行された昭和六〇年六月二八日の時点で、頸椎捻挫後遺障害が生じていることを確定的に知ったと言えるので、このときから消滅時効が進行したと認められる。

したがって、遅くとも、昭和六〇年六月二八日から三年を経過した昭和六三年六月二八日には時効期間が満了したと認められる。

(二) 時効期間の主張について

原告は、昭和六一年八月一日に訴訟上の和解が成立しているから、民法一七四条の二第一項によって時効期間が一〇年間と伸長されており、平成四年三月三〇日に本訴を提起しているので、損害賠償請求権は時効で消滅していないと主張する。

しかしながら、原告の被告らに対する前訴は、前記のとおり、昭和五九年三月一七日に症状が固定し、頸椎捻挫後遺障害が生じていたにもかかわらず、原告が治療を係属しており、後遺障害が未だ発生していないことを前提として一部請求として提起されており、前記訴訟上の和解も、後遺障害が発生したときには、別途請求できるとしていることから見ても、既に後遺障害診断書が発行されているにもかかわらず、その時点では未だ後遺障害が未だ発生していないことを前提として和解していると認められる。

したがって、被告らが容認した損害の中には、後遺障害に関連した損害は含まれておらず、その存在が訴訟手続の中で確認されたものではないので、右和解の成立をもって、後遺障害に関連した損害についてまで、時効期間が民法一七四条の二第一項によって、一〇年に伸長されたと認めることはできない。

(三) 以上の次第で、原告の後遺障害に関する損害である逸失利益及び後遺障害慰謝料の損害賠償請求権は時効により消滅したと認められる。

第五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官堺充廣)

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